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卒業、子の自立を阻む「支配欲」の正体

桜のつぼみが少しずつ膨らみ始めるこの季節、お子さんの卒業を控えたパパたちの胸中は、喜びと寂しさが入り混じった複雑なものかもしれません。ランドセルが歩いているようだった入学式から数年、今ではすっかり背も伸びて、自分なりの考えを持つようになった我が子の姿。その成長を誇らしく思う一方で、どこか心に穴が開いたような、落ち着かない感覚を覚えてはいませんか。

その正体は、単にそばにいられなくなる寂しさだけではないことがあります。もしかすると、自分の目の届く範囲、つまりコントロールできる範囲から子どもが抜け出していくことへの無意識の抵抗感かもしれません。パパとして、これまで懸命に導いてきた自負があるからこそ、その役割を失うことに戸惑いを感じるのは、実はとても自然なことです。

しかし、卒業という節目は、子どもにとってはもちろんのこと、私たち父親にとっても「親としてのあり方」を卒業し、新しい関係性を築くための大切なスタートラインでもあります。今回は、そんなパパたちの心のざわつきに寄り添いながら、どうすれば健全に、そして温かく子どもの自立を後押しできるのかを紐解いていきたいと思います。

目次

はじめに:卒業を前に、心がざわついているパパたちへ

卒業式まであと数日という時期、カレンダーを見つめては、なんとなく溜息をついてしまうことはありませんか。仕事の合間に、ふと数年前の運動会のビデオを思い出したり、反抗的な態度をとるようになった今の姿と幼い頃の笑顔を重ね合わせたりして、しんみりしてしまうこともあるでしょう。

私たち父親にとって、これまでの数年間は、いわば「絶対的な指導者」として振る舞える期間でもありました。子どもが困っていれば答えを教え、間違った道に行きそうになれば軌道修正をする。そうやって子どもを守り、育ててきた自負は、パパたちのアイデンティティの一部になっているはずです。だからこそ、卒業を機に子どもが自分の世界を広げ、親の知らない場所で新しい価値観に触れていくことに、一種の危機感を覚えてしまうのは無理もありません。

この、なんとも言えない心のざわつきは、決してパパの器が小さいからではありません。それだけ真剣に育児に向き合ってきた証拠でもあります。ただ、その愛情が少しずつ形を変えて「支配欲」という名の重石になってしまうと、せっかくの自立の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。

今の自分の中にある寂しさの正体を、まずは静かに見つめてみてください。それは子どもを心配する気持ちでしょうか。それとも、自分の影響力が及ばなくなることへの不安でしょうか。この問いに向き合うことが、子どもの門出を本当の意味で祝うための第一歩になるはずです。これからの数分間、少しだけ肩の力を抜いて、ご自身の心の中を整理する時間に充てていただければと思います。

父親を襲う「コントロールを失う恐怖」の正体

小学校の卒業が近づくと、多くのパパが経験するのが、子どもが自分の手の中からすり抜けていくような、形容しがたい不安です。これまで「お父さん、これどうすればいい?」と頼ってくれていた子が、次第に自分の部屋にこもるようになり、何でも自分一人で、あるいは友だち同士で決めるようになっていく。この変化を、私たちはどこかで「親としての権威が脅かされている」と感じてしまうのかもしれません。

知らず知らずのうちに、私たちは子どもを自分自身の延長線上にある存在、あるいは自分の作品のように捉えてしまってはいないでしょうか。仕事で成果を出すのと同じように、子どもを自分の思い通りに導き、成功させることが「有能な父親」の証であると考えてしまうと、子どもが親のコントロールから外れることは、自分の失敗や無能さを突きつけられるような恐怖に変わります。

しかし、その恐怖は子どもへの愛ゆえというより、自分自身のプライドを守りたいという支配欲から来ている場合があります。指導者という特権的な立場に居座り続けることは、確かに心地よいものです。ですが、子どもが自分の足で歩き出そうとしている今、その手を離さないことは、成長の芽を無意識に摘み取っていることと同義かもしれません。まずは、自分が感じている不安が、子どものための心配なのか、それとも自分の居場所がなくなることへの恐れなのか、冷静に見つめ直してみることが大切です。

心理学で解き明かす、思春期の「第二次個体化」とは

ここで少し、心理学の視点を借りてみましょう。児童期から思春期へと移行する今の時期は、心理学者のマーガレット・マーラーが提唱した「分離・個体化」のプロセスにおいて、非常に重要な局面にあたります。乳幼児期に母親から心理的に自立していくプロセスを「第一の誕生」とするならば、思春期の入り口である今は、親という安全地帯から本格的に飛び出す「第二次個体化」という、いわば第二の誕生の時期なのです。

この時期の子どもたちは、親の価値観をそのまま受け入れるのではなく、あえて反発したり、距離を置いたりすることで「自分という一人の人間」を確立しようとします。これは決してパパを嫌いになったわけではなく、自立するために必要な健全な葛藤です。むしろ、ここでパパがどっしりと構えて、子どもが離れていくことを許容できるかどうかが、その後の子どもの精神的な安定に大きく関わってきます。

出典:『乳幼児の心理的誕生』(M.S.マーラー著)

もしパパが、この分離のプロセスを邪魔して過度に関わり続けてしまうと、子どもは「自分は親なしでは何もできない」というメッセージを受け取り続けてしまいます。卒業という儀式は、物理的な学校生活の終わりであると同時に、親子の癒着を断ち切り、それぞれが独立した個としての人生を歩み始めるための、心理的な儀式でもあるのです。

「よかれと思って」が子どもの自己肯定感を削るリスク

パパたちがよく口にする「子どものために、よかれと思って言っている」という言葉。これほど厄介で、子どもの自立を阻むものはありません。進学先のこと、部活のこと、将来の夢のこと。失敗してほしくない、遠回りさせたくないという親心は痛いほどわかります。しかし、親が先回りして石ころをどかし、歩きやすい道を用意し続けることは、子どもから「自分で選び、自分で乗り越える」という貴重な機会を奪うことになります。

父親からの過度な干渉や、期待という名のプレッシャーは、子どもにとって見えない鎖となります。親の顔色を伺い、親が喜ぶ答えを選び続ける子は、一見すると聞き分けの良い「いい子」に見えます。しかしその内側では、自分の意志で何かを成し遂げたという達成感が育たず、自己肯定感が少しずつ削られていってしまうのです。

たとえ失敗するとわかっていても、口を出しすぎずに見守ること。それこそが、今の時期に父親が果たすべき本当の役割かもしれません。失敗したときにこそ、「大丈夫、やり直せるよ」と温かく迎え入れる居場所でいること。指導者としての指示出しをやめ、一人の人間として対等に向き合う準備を始めることが、子どもに「自分は自分のままでいいんだ」という深い自信を植え付けることにつながります。

指導者から、一人の「共走者」へ。マインドセットの切り替え

これまでは、パパが前を走り、道を示して「こっちにおいで」と手招きしていればよかったかもしれません。しかしこれからは、その立ち位置を変える必要があります。前を走る「指導者」ではなく、少し斜め後ろを一緒に走る「共走者」になるのです。

具体的には、答えを教えるのではなく、子どもが悩んでいるときに「あなたはどうしたいと思っているの?」と問いかける姿勢です。もし子どもが自分の考えを口にしたら、たとえそれが自分の価値観とは違っていても、まずは「そう考えているんだね」と受け止める。否定せず、アドバイスを急がず、ただ一人の人間としての意見を尊重する。このマインドセットの切り替えは、想像以上に勇気がいることかもしれません。

しかし、パパが「正解を知っている万能な父親」という仮面を脱ぎ捨て、弱さや迷いも抱える「一人の人間」として子どもと向き合えるようになったとき、親子関係は新しい次元へと進化します。卒業を機に、子どもに失敗する権利を返してあげてください。自分の足で立ち、自分の目で行き先を決める自由を認めてあげてください。それができるのは、他ならぬパパだけなのです。

新しい親子関係のスタートラインに立とう

卒業式当日、体育館の椅子に座り、立派に証書を受け取る我が子の背中を眺めるとき、パパたちの胸にはどんな思いが去来するでしょうか。ランドセルを背負い始めた頃の幼い姿、初めて一人で買い物に行かせた時の不安、そして反抗期を迎えて言葉を交わさなくなった最近の寂しさ。これまでの日々が走馬灯のように駆け巡り、目頭が熱くなるのは、あなたがそれだけ真剣に父親としての役割を果たしてきた何よりの証拠です。

そのとき、もし胸の奥に小さなしこりのような寂しさや、自分の手から離れていくことへの抵抗感を感じたとしても、自分を責める必要はありません。それは、あなたがこれまで子どもを全力で守り、導いてきたことの裏返しでもあります。大切なのは、その感情を否定することではなく、静かに受け入れ、そしてそっと手放していくことです。

子どもはもう、パパが用意した安全な庭を飛び出し、自分の足で新しい世界へ踏み出す準備ができています。これから先、彼らは多くの失敗をし、傷つき、遠回りをするかもしれません。そのとき、パパにできる最高の贈り物は、先回りして障害物を取り除くことではなく、「お前なら、どんな困難も乗り越えていける。もし疲れたらいつでも帰っておいで」という揺るぎない信頼を伝えることです。

保護者という、ある種の特権的な役割を卒業するのは、子どもだけではありません。私たち父親にとっても、それは「絶対的な指導者」からの卒業です。これからは、対等な一人の人間として語り合い、お互いの価値観を尊重し、刺激し合える、より成熟した豊かな関係性が始まります。子どもの門出は、パパ自身の新しい人生のスタートラインでもあるのです。軽やかな心で、新しい季節へと一歩を踏み出していきましょう。

父親としてのアップデートを支えるために

子どもの成長とともに、私たち父親に求められる役割も刻一刻と変化していきます。かつては遊び相手や指導者であった私たちは、やがてよき相談相手となり、そして最後には一人の自立した人間としての背中を見せる存在へと進化していかなければなりません。しかし、こうしたマインドセットの切り替えは、一人で抱え込むには時に難しく、迷いが生じることもあるでしょう。

そんな、自分自身のあり方をアップデートし続けたいと願うパパたちを支えるために開発されたのが、育児パパ特化アプリ「theダディ!」です。

このアプリは、単なる育児記録ツールではありません。子どもの心理的成長に合わせた専門的なアドバイスや、思春期を迎える子を持つ父親が直面する特有の悩みに対するヒント、そして同じ境遇で奮闘する全国のパパたちと繋がれるコミュニティ機能が備わっています。

自分が無意識に子どもを支配しようとしていないか、健全な距離感を保てているか。日々の記録や他者の視点を通じて自分自身を客観的に見つめ直す習慣を持つことは、子どもの自立を促す大きな力になります。指導者という役割を手放し、一人の人間として子どもに寄り添う勇気を持ちたいすべてのパパにとって、「theダディ!」は心強い伴走者となるはずです。

新しい親子関係を築いていくこれからの旅路に、ぜひこのアプリを役立ててください。

出典:『乳幼児の心理的誕生』(M.S.マーラー著)

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この記事を書いた人

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